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私たちの想い

満徳寺へようこそ

地域の皆様との絆を大切に地域の皆様との絆を大切に

満徳寺

お寺のありかたも時代と共に変わって参りましたが、地域や人との「つながり」や「絆」は、今も変わらず大変大切なものだと感じます。引っ越してこられた方や、新しく門徒になられた方からは、お寺とつながることで、「ルーツができたようだ」「家に根っこができたようだ」と喜んでいただける声もお聞きします。開基以来絶やすことなく続けられてきました報恩講や月例法話は、まさに地域の皆さまと「ゆるく」つながる場として、時代が変わっても絶やすことなく生涯続けていきたいと思っております。
混とんとした時代だからこそ、今一度地域や人との「つながり」や「絆」、その価値を見つめ直す時ではないでしょうか。
誰もが気軽に訪れ、地域の人と一緒に、心が安らぐ。そんな場所としてのお寺作りを目指し、この混迷する現代社会にあって、宗祖親鸞聖人のお示しくだされた御教えを、ひとりでも多くの人に伝えていく使命を果たして参りたいと願っております。
合掌

真宗大谷派 満徳寺
第十四代 住職
伏見
伏見 真

音のお寺

「音」を届けることが地域とのつながりに

お寺の鐘は梵鐘(ぼんしょう)と言いまして、東アジアの寺院などで使用される仏教法具であります。撞木(しゅもく)で撞(つ)き鳴らし、朝夕の時報(暁鐘 - ぎょうしょう、昏鐘 - こんしょう)の役目も果たします。ただ、梵鐘は単に時報として撞かれたものではなく、その響きを聴く者は一切の苦から逃れ、悟りに至る功徳があるとされる、たいへんありがたい「音」なのです。
私は、朝晩朝晩のお勤めとして、地域の皆さまに時を知らせる鐘を、毎日欠かすことなく6時6時に撞きます。また、法要の始まる前などはその合図としても鐘を撞きます。私の撞く鐘が地域の皆さまに「時」を知らせるメッセージとなり、「時」を伝える役目を担い、「音」が地域を育て、そして地域とつながっているとも感じます。

私は自分の法名を「樹音(じゅおん)」にしようと考えています。「樹」はこのお寺が代々使用してきた文字でありまして、また、うえる(植える)とも読みます。朝晩朝晩鐘を撞くことは、すなわちこの地域に音を植えるという事。お寺の鐘の音で一日が始まり、そして終わっていく。そんな「音」を絶やすことなく、地域の皆さまに届けていく事が、私の使命であると思います。

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